地唄・歌詞

 
     
 

≪葵の上≫

 
 

縺れ縺れてナ 逢う夜はほんに 憎くや憎くやは鶏鐘ばかり外に妬みは なきぞななきぞ
なんなん菜種の仮寝の夢に 我が胡蝶の花摺衣 袖にちりちり露涙 ぴんと拗ねても離れぬ
番い おおそれそれが 誠に離れぬ番い 辛気昔の仇枕
「この上とはとて立ち寄りて 今の恨みは在りし報い 瞋恚の炎は身を焦がす 思い知らず
や思い知れ」
恨めしの心や あら恨めしの心や 人の恨みの深くして 憂きねに泣かせ給うとも 生きて
この世にましまさば 水暗き沢辺の蛍の影よりも 光る君とぞ契らん 妾は蓬生の もとあ
らざりし身となりて 葉末の露とも消えもせば それさえ殊に恨めしや 夢にだに帰らぬも
のを我が契り 昔語りとなりぬれば なおも思いは真澄鏡 その面影も恥ずかしや 枕に
立てる破れ車 うち乗せ隠れ行こうよ  いう声ばかりは松吹く風 云う声ばかりは松吹く
風 覚めてはかなくなりにけり。

 
     
 

≪浮舟≫

 
  秋暮れて 峯に焦がれしもみじ葉の 数ちる山の夕風に 浮かれて落つる瀧川に すくいし
杓に色とめし 末の契りもたがやさん こうしてさした盃の 受けし一種の里言葉 春咲く
梅や藤なみの よるべのぬしに せかされてせいて気を浮舟のあだ枕。
 
     
 

≪夕顔≫

 
  住むは誰 紡いてやみんとたそがれに 寄する車のおとずれも 絶えてゆかしき中垣の 隙
間もとめて垣間見や かざす扇にたきしめし 空だき物の ほのぼのと 主は白露光を添え
て いとど栄えある夕顔の 花に結びし仮寝の夢も 覚めて身に染む夜半の風。
 
     
 

蓬生(よもぎう)

 
 

よしや蓬生に よしや蓬生に年を経て 埋もれ果てん身なりとも 昔馴れにし唐衣 君がな
さけに背(そむ)かじな 縁の糸の玉かずら ただ一すじに絶えせじと 恋ふる袂のひまなきに 破
れし庇の隙間もる 雫さえ添う折りしもあれ 名残の雨のあと晴れて 卯月の空に夕月の
艶なる君が面影や 雨にまされる下露に ぬるるも何か尋ねても 我こ訪わめ道もなく 深
き蓬のもとの心を。